大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和61年(ワ)157号 判決

原告 西岡昭七郎

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 植田廣志

同 後藤由二

被告 株式会社岡工務店

右代表者代表取締役 岡繁男

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 模泰吉

同 道上明

右訴訟復代理人弁護士 三原敦子

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一申立

(原告ら)

一  被告らは各自、原告らに対し、それぞれ金一五〇万円を支払え。

二  訴訟費用は、被告らの負担とする。との判決並びに第一項につき仮執行の宣言

(被告ら)

主文一、二項同旨の判決

第二主張

(原告ら)

「請求原因」

一  原告らは、各人の持分三分の一の割合で別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という)を共有し、且つ同地上の別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という)を原告西岡和子、同清水幸子はそれぞれの持分割合三四〇分の一七三、三四〇分の一六七で共有している。

二  被告大京観光株式会社(以下「被告大京観光」という)は、被告株式会社岡工務店(以下「被告岡工務店」という)を請負人として、本件土地の隣接地に昭和五七年頃から別紙物件目録(三)記載の鉄筋コンクリート造七階建の分譲マンション(以下、「本件マンション」という)を昭和六〇年二月中に建築完成させた。

三  本件土地に対する冬至日における本件マンションによる日影は、日の出時間である午前七時九分から日影を生じ、午前九時三〇分まではその約半分が日影となり、午前一〇時三〇分頃から午後一時三〇分頃まではほぼ全面的に日影または日照を阻害された状態となり、最終的には午後三時三〇分過ぎまで日影を残す結果となる。

右のような状況は、実質的には日照の利益を全面的に阻害されたに等しいもので、それによって原告らが蒙った経済的損失、精神的苦痛は計かり知れない。

原告らは、着工後の時点において、被告らに対し、本件マンションの建設により本件土地の日照が阻害され、それが受忍限度をはるかに超えることを通告したのであるが、被告らはこれを無視し、原告らに損害を与えることを知りながら、あえて建築工事を続行し、本件マンションを完成させたものである。

四  本件マンションが建築基準法に適合し、建築確認を受けているとしても、付近の土地の利用状況からすると、右のごとき極めて劣悪な日照状態が私法上適法視されるいわれはなく、被告らの行為の権利侵害とその違法性は明らかである。

1 都市計画法によれば、都市計画には当該都市計画区域内に、第一種住居専用地域、第二種住居専用地域、住居地域、近隣商業地域、商業地域、工業地域または工業専用地域等の用途地域を定めていることとされている。

しかし、その用途地域はあくまで計画上の用途地域であって現実の利用状況に則して決定されるものではなく、その内容の決定手続において当該都市計画区域内に居住し、もしくは土地、建物を所有する者がその土地を現実にどのように利用し、利用するつもりであるかは、全く無視され、且つその指定は概括的に範囲が定められ、現実の利用状況を無視することになっている。

このように都市計画による用途地域が現実と異なっている以上、都市計画による用途地域の区分に応じて日影を規制しようとする建築基準法五六条の二もしくはそれに基く条例による規制の有無をそのまま適法性や受忍限度の問題の判定に結びつけることはできない。まして建築基準法等の公法上の基準は最近の基準を定めたに過ぎないから(建築基準法一条)、その基準に適合しているからといって、私法上の権利侵害性、違法性が阻却されることはない。

2 本件マンションは、都市計画で用途地域を商業地域と定められた区域に存するものであるが、その高さが一〇メートルを超える建物で、冬至日において近隣商業地域内に存する本件土地に日影を生じさせるものであるから、建築基準法五六条の二第四項により、本来ならば近隣商業地域内にある建物とみなされて、同法別表第三の三所定のとおりその日影が規制されるべきものである。にもかかわらず、同法五六条の二に基づく、神戸市中高層建築物の日影による高さ制限に関する条例は、神戸市当局の都市計画優先の政策のためか、建築基準法別表第三の三の(い)の近隣商業地域のうち、都市計画法八条二項二号イの建築物の延べ面積の敷地面積に対する割合(以下「建ぺい率」という。)が一〇分の二〇の地域に限定している。そのため、本件土地は近隣商業地域内にあるにもかかわらず、都市計画において建ぺい率を一〇分の四〇と定められたために、本来近隣商業地域において確保されるべき標準的な日照をも享受できない結果となっている。被告らは本件マンションが建築基準法や前記条例に適合していることを強調するけれども、本件土地が近隣商業地域のうちでも前記市条例により行政的に規制対象区域から除外されている例外的な理由によるものに外ならないのである。そして、この規制対象区域からの除外は、あくまでも神戸市によって一方的に決定された計画にすぎないことは前述のとおりである。

3 ところで、本件土地は、阪急神戸線「王子公園駅」の東方約二〇〇メートルに立地し、本件土地一帯はいわゆる水道筋商店街からは若干離れた閑静な住宅街であり、本件土地もまた住宅として現に利用されているものである。本件マンションが存するところも商業地域とはいうものの、未だ木造二階建の個人商店がほとんどであり、商店の高層化は進んでいない。本件マンションの東方約一〇〇メートル付近から東にはいわゆる水道筋商店街のアーケードがあるものの、本件マンション付近ではアーケードもない状態であって、活発な商業活動が営まれている地域とは言えない。本件土地付近の住民は、三宮への交通の便が非常によいこともあって、三宮で買物をする人が多いことは明らかである。また、三宮を中心とする地区においてすら店舗が過多の状況にあることは公知の事実と言うべく、今後も本件土地付近の商業活動が現在以上に活性化することは考えられないところであり、本件土地付近を高度利用する必要性もないものと言わざるを得ない。

4 右のごとき本件土地付近の利用状況、建築基準法、神戸市条例の実態からすると、本件マンションがこれら法律条例に適合していることをもって被告らの行為の権利侵害、違法性が阻却されるものではなく、被告らが原告らの通告を無視して本件マンションを建築完成させ、それにより生じた本件土地の日照状態等の悪化の程度に鑑み、被告らが不法行為責任を負うことは明らかである。

五  損害について

鑑定結果によると、本件マンションの日影による本件土地建物の下落金額は金四九八万九、〇〇〇円、その損失金額は三四九万三、〇〇〇円とされている。土地、建物について日当りの良否が価格に影響することは通常人の常識であり、一般人の感情にも合致することであるから、本件マンションの日影が本件土地建物を下落させること自体は本件鑑定を待つまでもなく自明の理である。従って、本件鑑定の意義は下落金額、損失金額の金額にある。そして、その金額を左右するのは、本件マンションが建築基準法等に適合しているか否かではなく日影の程度である。そして本件鑑定は、本件の日影の程度を検討し、その下落金額及び損失金額を適正に評価している。

そうすると、被告らの不法行為によって原告らが蒙った損害は土地下落分並びに慰藉料各五〇万円の合計として一五〇万円を下回ることはない。

よって、被告らに対して、原告らはそれぞれ一五〇万円の支払を求める次第である。

(被告)

「請求原因に対する答弁」

請求原因一、二項は認める。同三項中、原告らが被告岡工務店に通告したことは認めるが、その余は争う。

本件マンションは、神戸市の日影条例による規制を受ける建築物であるが、建築基準法はもちろん右日影条例にも合致する合法建築物で、昭和五九年二月二八日に建築確認を受けている。そして本件土地付近が再開発による高層化が進行している現況からすると、本件マンションによって本件土地に生ずる日影の程度は原告らにおいて受忍すべき限度内である。

「本件日影に違法性がないことについて」

一  本件マンションによって、本件土地建物に生ずる日影の程度は、再開発による高層化が進行している当該地域の現況、本件マンションが公法的規制に適合していること等に鑑みれば、原告において受忍すべき限度内である。

二  本件マンション及び本件土地は、阪急電鉄「王子公園」駅の北東約三〇〇メートル、幹線道路である「山手幹線」の北方約二〇~三〇メートルに位置し、交通至便の地域に属する。

また、本件マンション前面道路は、両側に小売店、飲食店、銀行、市場、パチンコ店等の中高層建物が建ち並ぶ「水道筋商店街」と称される難区内屈指の東西約三五〇メートルに亘る繁華な商店街となっている。

このように本件マンション及び本件土地の周辺地域は、駅に近く交通の便の良い場所で、かつ、大商店街の一部又はこれに近接する地域であるところから、近年再開発の動きが激しく低層建物が取り毀され、五階建以上の高層建物へと建て直され、日々高層化の進行している地域である。

現に、昭和五六年当時と同六二年を比較すると、新しいビルが数多く建ち、現在もそこここで新たなビル等が建築中であって、再開発が急速に進行している様子が明らかである。また、本件マンションの東方には七階建の「石橋マンション」、六階建の「六角ビル」、五階建の「第五エノキビル」が、また南には四階建の「カナエビル」、九階建の「アクシスカナエ1」があり、西にも八階建、七階建等のビルが建築されており、本件マンションのみが高層建築物として存するのではない。

三  本件マンションは南側道路に面する一階の一部分が店舗とされるほかは共同住宅であり、右にあげた高層建物もほぼ同様の形態である。このことは、本件マンションが周辺地域における土地利用方法としてきわめて一般的な利用状況にあることを意味する。

これに対し、本件建物は付近の住宅が二階ないし三階建であるのに対し平家建であって、個人住宅が取り毀されマンションや店舗併用住宅としてビル化が進行している現況に合致しないことは明らかである。

また、本件建物は敷地の南端境界に接する形で建てられており、かつ、周囲の建物もみな敷地一杯に建てられていることからすると、仮に本件マンションがなかったとしても、マンション東隣のパチンコ店、南の二棟の高層ビル等により日照が甚だしく阻害されている土地にあることは明白であって、本件マンションによる日影のみを問題とするのは不当である。

四  そもそも、近隣商業地域の指定を受けている地域においては、現況が宅地として利用されていても、商業地域に準ずる発展が期待されている地域であって、住居地域のような日照・通風・眺望などの生活環境が要求されるものではなく、とりわけ本件地域のような商店街に接する交通利便の地にあっては、生活の快適性は日照や閑静さなどではなく、利便性にある。

従って、本件土地における日照の享受は、隣接地の高層化が未了であることの反射的効果にすぎず、法的保護の対象となるものではない。

このことは、本件マンション敷地が建ぺい率八〇パーセント、容積率五〇〇パーセントとされ、本件土地が建ぺい率八〇パーセント、容積率四〇〇パーセントとされ、高層建物の建築が公法的にも可能とされていることからも裏付けられる。

五  以上述べたように、本件土地建物の存する地域の現況及び将来的動向に鑑みると、公法的規制に適合する建築物である本件マンションによって生じる日影の程度は未だ受忍限度内であり、違法性を帯びるものでない。

「損害についての反論」

一  本件土地は近隣商業地域内に位置し、右のとおり交通至便の高度商業地である。中高級住宅地域では、日照や通風の良否は環境条件として重視され、それが土地価格に影響を与えるが、商業地域においては、日照、通風の良否は環境条件として考慮されない。その点は現状が「宅地」として利用されていても、近隣商業地としてその交換価値が実現されているのであるから同様である。

また原告らは本件土地に居住していないのであるから、本件マンションの日影が受忍限度を超えているとしても原告らには何ら精神的苦痛はなく、慰藉料請求は失当である。

二  本訴でなされた鑑定は、本件マンション敷地についての建ぺい率、容積率を誤解して本件マンションを違法建築としたうえ、「神戸市中高層建築物の日影による高さ制限に関する条例」の規制対象にならないのに、本件マンションを右条例の適用される物件としている。そして従前の日影、複合日影を無視し、日照阻害に伴う「減価率」を土地について一〇パーセントとしている。結局この鑑定の手法は合理性、客観性に乏しく、鑑定というより個人的見解といったものである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因一、二項並びに本件マンション建築中に原告らが被告らに本件マンションの建築により本件土地が日照等につき被害を蒙ることを通告したことは当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によれば、本件マンションは北側が本件建物に近接して建てられており、《証拠省略》によれば、本件土地建物と本件マンションの位置関係、冬至日における本件マンションの日影が本件土地に与える影響は別紙図面(一)、(二)のとおりで、午前九時三〇分から午後一三時までの間、本件土地の五〇パーセント近くが本件マンションによる日影を受けることになり、その影響は甚大と言ってよいであろう。

そして、本件土地、建物の東側に三メートル道路を隔てて三階建のマンションが、南側には三階建のビルが存在し、さらに西側にも六階建の共同住宅の建築が予定されており、本件マンションを含むこれら建物により、本件土地、建物はほとんど日照を受けないことになりそうである。

このように本件マンションが建築されたことにより、本件土地、建物は重大な日照被害を受けることになったことは認められ、前記鑑定人は、本件マンションによる日影により、昭和六二年七月一日時点で本件土地、建物はその価値が四九八万九〇〇〇円下落し、三四九万三〇〇〇円の損失を被った旨の鑑定結果を提出している。

もっとも、右鑑定は、日影による減価率の根拠が判然とせず、近隣の建物による日影の影響については不明のまま本件マンションの日影による実害率を算出しているなど右金額算出の根拠につき判然としない点があるうえ、鑑定人において、建物の容積率、神戸市における日影規制等の法規について誤解しているなどそのまま受けとり難いものである。

三  その点はともかく、本件マンションは建築基準法、神戸市条例に合致していて違法な点はなく、原告らは本件建物を賃貸していて、現在本件土地上に居住しておらず、従って、本件マンションによる日影の被害を直接被っていないこと、本件土地付近は商業地で、高層建物が建築されつつあるという本件土地の位置等からすると、原告らの日照被害を理由とする慰謝料請求はもちろん、本件土地、建物の処分価格を前提とする損害賠償請求も認められないところである。

すなわち、本件マンションは建築基準法、条例に合致し、なんらの違法点はないことは、鑑定人であった証人保田敞弘の証言により認められるところである。

そして鑑定の結果、弁論の全趣旨からすると、原告らは、本件土地、建物に居住しておらず、本件建物を賃貸しているところ、この居住者は被告から補償を受けていることが認められる。そして本件マンション建築により、右賃貸借の賃料収入が減少したとの事情も、原告らにおいて、早急に本件土地、建物を処分する必要があるとの立証もなく、そうすると、本件マンションの建築により本件土地に重大な日照被害が生じているものの、そのことによる損害は目下のところ原告らに現実化していないことになる。

このように原告らの損害が現実化していない場合に、賠償請求ができることについては疑問があるところ、さらに、《証拠省略》によれば本件土地は、神戸市の繁華街である三宮から阪急電車で二駅の王子公園駅の北東方向約三〇〇メートル付近の交通至便な場所であること、本件土地の存するいわゆる裏通りには多数の木造の建物が残っているが、その南側の本件マンションの敷地は商業地で、その南側道路は水道筋商店街と称せられ、道路両側に一般小売商店、飲食店、銀行等の中高層の建物が建ち並んでいること、本件土地付近の裏通りにもいくつか中高層の建物が建てられていること、そして鑑定の結果によれば付近の地価は上昇していること、一方本件建物は増改築はなされているものの築後四〇年近く経過しているとのこと、の各事実が認められる。

これら事実から本件土地付近は交通至便で、商業地に近いことから、高層ビルが建築されつつあり、前記のとおり本件マンションだけではなく本件土地の西側も高層建物が建築の予定であるなど、土地の利用状況が高度化し、商業地としての変化の途上にあって、土地の価格の上昇が見込まれることが窺えるのである。

前記のように本件マンションによる日影の被害は甚大だとしても、近い将来に予測される付近の土地の状況の変化によって日影の被害は本件マンションによるものだけでなくなる可能性が大きく、他方、そのことにより土地の利用状況が高度化して土地の価格が上昇することが見込まれるので、原告らの損害が目下のところ現実化しておらず、緊急に当該土地の処分の必要がない本件のような場合においては、現時点では損害は存在せず、将来の損害は不明か、存在しない可能性があると判断せざるを得ない。

前記のとおり、本件マンションは関連法規に適合して建築されているが、本件土地、建物に対する日影の影響は大きく、原告らにおいて本件土地、建物に居住している場合にはその影響は受忍限度を超えているのではないかと窺えなくもないが、右の次第で損害賠償の対象となる損害はないと判断されるのでいずれにしろ原告らは賠償請求を求めることはできないと解さざるを得ない。

四  そうすると、原告らの本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないので失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部崇明)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例